自分を高めるスポーツメンタルトレーニング
試合期に入り、日々の練習から緊張感が高まっている人は多いと思います。試合で最高のパフォーマンスを発揮するためには、メンタルを整えることが大切。では、どのように調整していけばいいのでしょうか。日本代表やプロチームでメンタルトレーニング指導に携わる土屋裕睦さんに話を聞きました。
緊張や興奮が弱すぎても強すぎてもパフォーマンスは低下する
緊張や興奮は、パフォーマンスに大きな影響を与えます。緊張や興奮が弱すぎる状態を「さがり」、強すぎる状態を「あがり」といい、どちらの状態でもパフォーマンスが低下します。その中間にあるのが最も集中力が高い「フロー状態」。
また、顔が紅潮し、イライラしたり発汗量が増えたり、動作が大きくなるのが「赤くなるあがり」、顔面蒼白で筋肉がこわばり、不安を感じるのが「青くなるあがり」です。試合期に疲労が溜まってくると、「やらなきゃ」と思っても気が抜けて力が入らない「さがり」の状態になることがあります。
カラダの疲労が、メンタルの疲労に影響している
身体的疲労と精神的疲労は違うもののように思っている人もいると思いますが、実は等しく「脳が感じる」もので、関連し合っています。たとえば、試合が続いて身体的疲労が重なると、精神的疲労も積み上がります。そのため、練習量の多い追い込み時期はどうしてもメンタル面が不安定になりがち。
不安定でネガティブな気分のまま行動した結果、周囲との軋轢が生まれてしまい、さらに気分が落ち込むという負のスパイラルに陥ってしまうことも。チームワークを発揮するためにも、メンタルのコンディショニングは欠かせません。
脳にとっていい経験を増やす
上のグラフにあるように、追い込み時期を経て、試合直前の「テーパー期」をしっかり活用し、身体的な負荷を押さえて超回復を促すことで、自然にメンタルも回復してきます。
また、人は社会的な生き物です。周囲との良好な関係を築き、安心感や幸福感を得られたり、新鮮な経験をしたりすることは、脳にとっていい刺激となり、ストレスや精神的疲労の軽減につながります。このようなカラダの生理反応を知り、疲労を感じている脳に対して積極的に働きかけることで、メンタルコンディショニングが上手くいきやすくなるでしょう。
セルフでできる!力を出し切るためのメンタル調整法
湧き出る気持ちを大切に「内発的動機づけ」
パフォーマンス発揮には、外からの評価ではなく、自分の内側から湧き出てくるモチベーション、つまり「内発的動機」が大切。内発的動機がなければ、監督やコーチが指示する練習や目標に縛られる「やらされ感」につながり、本来の実力を発揮しにくくなるのです。
内発的動機を高める際のポイントは、「自律性」「有能感」「関係性」の3点。この3点が掛け合わさることで、やる気が自然と湧き出るようになります。
【 自律性】「自分が主役」の感覚が大切
例/技術面+学生生活やプライベートを含めて不安を紙に書き出して対処する
【 有能感】「自分は最強!」と思える工夫
例/過去、力を発揮できた時の状態を書き出して分析する
【 関係性】家族や仲間と良い関係を築く
例/仲間に前向きな気づきや楽しい気持ちを伝える
当日の予行演習
「メンタルリハーサル」
試合直前になったら、心身の予行演習をすることが大切です。たとえば、ドラマの脚本(主演:あなた、監督:あなた、脚本:あなた)のようにして、1週間前の練習から、前日の行動、会場への移動、当日のアップ、予選、決勝、表彰式などの様子を細かくイメージします。このとき、頭の中だけで終わらせず、紙に具体的に書き出すほうが◎。
イメトレ時は、自分を客観的な視点で見ているような外的イメージと、自分が実際にプレーしているような内的イメージを両方行うとなお良し。対戦相手の変更等、不測の事態へも対処できるように、いくつかの脚本を作りましょう。
試合当日のメンタルリハーサル
会場への移動:
朝の支度をして、7時に出発する。お気に入りの音楽を聴きながら会場へ
アップ:
会場についたら関係者に挨拶。荷物を置いてシューズを履き替える。右足から順にストレッチ。その後、いつも通りにウォーミングアップを行う。
試合前:
30分前にバナナを食べる。
予選:
急きょ対戦相手が変更に。最初は少し緊張感があるが、動じず、徐々にリラックスした状態で試合を展開。
決勝:
想定通りの相手。やってきた対策をそのまま試合で実践し、相手の弱点を突く。気持ちよく試合を進められる。
表彰式:
晴れやかな表情でトロフィーを受け取る。インタビューでは両親やコーチ、チームメイトへの感謝を伝える。
メンタルの土台づくり
「規則正しい生活」
規則正しい生活をしようと言うと、「当たり前のことだろう」と思ってしまうかもしれません。ですが、一流の選手ほど規則正しい生活を送ることにこだわっており、日常の細かな部分に対して侮ることはありません。心の機能は、脳が司っています。つまり、カラダの一部である脳の状態を左右するのは日ごろの生活習慣そのものなのです。
また、規則正しい生活は、トレーニング、食事、休息、周囲とのコミュニケーションなどの土台となります。メンタル、ひいては試合でのパフォーマンスに影響することを強く意識して、生活リズムを整えることをおすすめします。
大阪体育大学大学院教授、学長補佐。博士(体育科学)、スポーツメンタルトレーニング上級指導士、公認心理師。日本スポーツ心理学会副会長。日本代表チームやプロスポーツチームにてメンタルトレーニング指導に携わる。
※2022年10月15日発行「アスリート・ビジョン#27」掲載/この記事は取材時点での情報です。