「トップアスリートへの道」バスケットボール・星野京介選手【先輩に聞いた】

2023年の7月、滋賀レイクスターズから信州ブレイブウォリアーズに移籍した星野京介選手。プロになるまでの軌跡を振り返っていただきました。

プロフィール

プロバスケットボール選手 星野京介(ほしの・きょうすけ)

1999 年6月1日、三重県桑名市生まれ。光風中学では東海大会出場。中部大学第一高校ではウインターカップベスト8。大東文化大学では3年次のインカレのスリーポイント王に輝く。大学卒業後、滋賀レイクスターズとプロ契約。2023 年7月、信州ブレイブウォリアーズに移籍。ポジションはシューティングガード。

学生時代のエピソード

中学時代に初めての挫折を経験
そのときの悔しい思いが成長の糧に

バスケを始めたのは、ミニバスに所属していた3歳上の姉に、無理やり練習に連れて行かれたのがきっかけです。それまではサッカー選手に憧れていたので、当時の僕が今の僕を見たら驚くと思います。

僕がバスケに真剣に取り組むようになったのは、中学生のとき挫折を経験してからです。三重県桑名市立光風中学では東海大会に出場するなど実績もあったので、当然ジュニアオールスター(県選抜/現・U15 選手権大会)のメンバーに選ばれると思っていました。ところが、選ばれなくて…。当時は自信満々だったので、めちゃくちゃショックで落ち込みましたね。

そもそものんびりとした性格で競い事が苦手。「楽しくできたらいいな」というタイプだったのですが、この挫折を機に「僕を選抜メンバーに選ばなかった先生たちを見返したい」と思い、そのためにはどうすればいいか考えるようになりました。

「とにかく高校は県外に出よう。そして、三重県民全員を見返してやろう」と決意し、愛知県の中部大学第一高校へ進学。ウインターカップベスト8、3年生では主将も経験しました。当時、アフリカからの留学生が2人いて、自己主張の強い彼らをどうやってチームに馴染ませるか、とても苦労したのを覚えています。このとき培ったコミュニケーション能力は、今でも活きていると思います。

大東文化大学を選んだ理由は、西尾吉弘監督が熱心に誘ってくださったのと、高校の先輩もいて安心感があったからです。ディフェンスが持ち味のチームで、どんなにオフェンスの能力が高くてもハードにディフェンスができないと試合には出られません。高校時代は、オフェンス重視の部分もあったので、大学1~2年次は試合に出られないという葛藤を味わいました。 その悩みは、プロになった今でもあります。そんなとき、ふてくされたり練習の手を抜いたりする選手もいますが、中学時代の挫折を思い出すと、自然と「やらなきゃダメだ」と頑張れます。

大学生になると色々な誘惑もありますが、自分が試合に出るためにどうすればいいのか考え、それをどんなときもやり続け、いざ試合に出たときに、最高のパフォーマンスができるよう常に準備しておくことが大切だと思います。

プロになって実感したコンディショニングの重要性

質の高い睡眠とバランスを考えた食生活を実践

プロになろうと決めたのは、大学3年生のインカレが終わった頃です。特別指定選手の契約期間を含めて滋賀レイクスターズで約2 年半の経験を積み、今年(2023)の7月に信州ブレイブウォリアーズに移籍しました。信州でのテーマは、生活すべてをバスケにフォーカスすること。特にこだわっているのが睡眠です。コンディションを整えるために、1日8時間睡眠を心がけています。また、適切な体組成を維持するのに食生活にも気を付けています。信州に来てから、揚げ物やスイーツ、アルコール類は控えています。

オフの日は、自主練をすることもありますが、リカバリー最優先で休養するようにしています。元々はアウトドア派なので、ときには温泉やサウナに行ったり、信州の美しい山々の景色を見に行ったりもしますが、いい気分転換になります。

後輩たちへのメッセージ

学生時代にしかできないことを一生懸命楽しんでほしい

プロになった今、学生時代を振り返ると、プレーではディフェンス、コンディショニングでは食事や睡眠にもっとこだわればよかったと思います。あとは、英語の勉強ですね。コートには通訳はいないので、外国人選手とのコミュニケーションに英語は必須です。

そうはいっても、学生時代にしかできないことはたくさんあります。チームとして仲間と一致団結して戦えるのは学生ならではの特権。今できることを一生懸命楽しんで、悔いのない学生生活を過ごしてください。

※2023年10月16日発行「アスリート・ビジョン#31」掲載。/この記事は取材時点での情報です。

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